アナタの余命は幾ばくか?
2020年 05月 23日「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」
ご存じの通り、平家物語の冒頭の一節だ。
要約して言い換えると、
「人は常に<死>と隣り合わせにいることを忘れるな。<人生>とは限られた時間の中にある」
こんな言い回しに意訳することが出来る。
自粛警察の方へ心底問いたい。
アナタは明日、果たして生きているのだろうか?
例えば、アナタが余命1ヵ月と宣告されていたとしたら、
アナタは本当に、自粛と云う名の下に、自らの限られた時間を犠牲にすることは可能なのだろうか?
アナタはきっと、自分自身の命が永遠とまでは言わなくても1週間後も1年後も「必ず生きている」という不確実な思い込みで生きているに違いない。
それは傲慢な思い込みだ。
時間は有限だ。
生きとし生けるものは、この世に生き続ける時間の長短の差はあれ、24時間365日という時間の流れだけは平等だ。
その平等に与えられた時間を使う権利を、直接的に阻止する行為とは、まさに奴隷制度が如く悪行だ。
自粛警察は、きっとこう反論するだろう。
「オマエらが自粛しないせいで、こっちの命が危険にさらされるんだよ。アホか?」と。
自粛警察には、そのまま言葉をオウム返しした方が良い。
「自粛させられているせいで、こっちの命は既に削られているんだよ。馬鹿か?」と。
自粛警察は、何を持って、命の価値や有効性を語ることが出来るのだろうか?
心肺が動き続けること?
これを<生きる>と言うのであれば、男性なら精子・女性なら卵子の冷凍保存をしてアナタ自身が生き続ける価値など何一つない。
人が生きる意味とは、何なのか?
こんな哲学的な観点から考えた場合、(リスク回避の為だけの)自粛行動の他人への強制行為は、首輪を付けられ柱に繋がれた犬に等しい。
チャンスは平等になければならない(直接的な迷惑行為を除く)
選択は個人の自由だ(直接的な迷惑行為を除く)
地動説・天動説
進化論・創造論
どちらも正しく、間違いではない。
なぜならば、人に迷惑を掛けることのない信仰だからだ。
自粛警察よ。アナタな高貴な信仰は人に危害を加えている時点で<悪>であることを自覚しなさい。
※誤解のないように
我が社の店舗に自粛警察は来ておりません。笑
作詞:甲本ヒロト
作曲:甲本ヒロト
永遠なのか 本当か時の流れは続くのか
いつまで経っても変わらないそんな物あるだろうか
見てきた物や聞いた事いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い
そんな気持ちわかるでしょう
※答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
涙はそこからやってくる 心のずっと奥の方※
なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ
なるべくいっぱい集めよう
そんな気持ちわかるでしょう
(※くりかえし)
情熱の真っ赤な薔薇を胸に咲かせよう
花瓶に水をあげましょう 心のずっと奥の方












