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by boaboa16

2009年 12月 12日 ( 1 )

外見

日本社会において、「外見」こそが最も重要ではなかろうか?

かく言うこの私は、立場上「スーツ」姿が本来の服装であるが、私は一切着用しない。

我が社の総支配人の三浦店長も、外見はお世辞にも清潔感があるとは言い難い。

では、これは駄目なことなのだろうか?

二者択一と言われれば「良くない」かもしれない。

しかし、実際には100%ダメなことではなく、99%ダメなことではないだろうか?

分かりやすく言えば、外見が周囲に伴わないと、この日本社会においては大きなハンディを背負うことになる。そうなった場合、それをカバーする「何か」がなければ、許容範囲に収まることは出来ないのだ。

逆に言えば、「何か」を備えることが必須となる。

その「何か」とは何であろうか?

私が常に意識していることは、多少なりとも相手側に失礼な服装をしている以上、相手に納得して頂ける立ち振る舞いだけでなく「気持ち」を込める立ち振る舞いをしようと心掛けている。

常に真摯に、実直に、素直に・・・・こんな意識を忘れない。

仮に、ビシッとスーツを着込んでいれば 少なからず「お客様」的な心持になるかもしれないが、私の信条はどんな相手にでも「感謝」の気持ちで接するようにしている。

もちろん、正装と心が伴えば、パーフェクトだ。

しかし、この仕事を選んだ理由に「スーツを着たくない」があるため。 それをカバーするものは「何か」を自分自身なりに解してきた。

現場時代もあごひげを蓄えていた。 これもNGかもしれない。

しかし、その風貌をカバーする清潔感を心掛けた。

そう、ハンディを背負っていることを自覚し、それを上回る努力をすれば許されるモノもあるはずなのだ。

三浦店長のコレに同じである。


そして大前提は、あくまで「許容範囲」であることを忘れてはならない。 ギリギリセーフと言ってよいであろう。



しかし、どうであろうか?

外見だめ 態度だめ・・・・・・こんな人間。

単なる自分勝手な「世界でひとつだけの花」的思考だ。

社会人として失格以外、何者でもない。

「天才」と「馬鹿」は紙一重だが、「社会性を理解した自由人」と「自分の価値観だけの自由人」も紙一重である。

紙一重とは雲泥の差という意味だ。 一見似ているが、完全に別物である。


話はウダウダ長くなったが、なぜ ほとんどの企業でユニフォームやスーツを義務付けているのだろうか?

全員が全員、本質を解することは容易なことではない。

であるならば、日本文化における同一性を重んじ、統一することが美徳なのである。

仮に自由を求めるのであれば、自分自身で責任を取る世界に身をおけば良い。

仮に誰かに守られている世界において、理不尽な自由を訴えることほど愚かなことはない。

さぁ あなたは自分自身で責任を取る自信があるのか!?

それとも、誰かに守られていたいのか?

日本社会で上手く生き抜くには「外見」こそが最も重要であるはずだ。

もちろん、私は自分自身で責任を取る覚悟200%あるので、これからも自由に生きる。

でも本当に「外見」「立ち振る舞い」って、ものすご~く大切。


我が社に皆には、ぜひ自分自身で責任を取れる自由人になって欲しい・・・・それが私の本音。
by boaboa16 | 2009-12-12 11:16 | 仕事